システムの特別な構造を保存したモデル低次元化とその応用

研究概要

近年,通信や計測,計算技術などの目覚ましい発展に伴って,制御工学が扱う制御対象は飛躍的に大規模・複雑化しています. このような大規模・複雑システムの例として,電力ネットワークや遺伝子ネットワーク,大型の構造物などが挙げられます. しかしながら,これらのシステムの取り扱いには,しばしば莫大な計算量が必要となるため,必ずしも容易に解析や制御系設計が可能であるとはいえません. したがって,目的とする解析や設計に応じて,システムの特徴を適切に再現する近似モデルを構築することが,効率的な解析や制御系設計に不可欠となります.

システム論において,モデル低次元化とは,与えられた動的システムに対して,何らかの意味において適切な近似モデル(低次元モデル)を求める問題として定式化されます. 特に,標準的なモデル低次元化では,与えられたシステムの入出力写像(伝達関数)に注目して, その入出力写像を適切に再現する低次元モデルを求めることに焦点が当てられています. この入出力写像の近似は,入出力応答の数値シミュレーションなどに対してその有用性が示されていますが, 近似の定式化においてシステムの内部状態が陽に考慮されていないことに起因して,低次元化の前後で内部状態の物理的な意味や性質が失われてしまうという問題が生じます.

このような低次元モデルは,現実的な解析や制御系設計に対して必ずしも有用であるとはいえません. 例えば,図に示されるようバネマスダンパ系は,一階の微分方程式表現において,二次系特有の構造がそのシステム行列に現れますが, 上述した標準的なモデル低次元化によって得られる低次元モデルは,一般にその特有のシステム構造を失ってしまいます. これは,本来[位置]と[速度]を表現していたシステムの状態が,その物理的な意味を失ってしまうことに相当するため, 低次元モデルに基づいたシステムの状態の振る舞いの解析は難しくなります.

以上の観点から,対象とするシステムの特有の構造を保存する低次元化手法の開発は,現実的な解析や制御系設計およびこれからの新しい制御理論の構築に向けて, 非常に重要な課題であるといえます.本研究室では,この課題に対して,以下のような研究を行っています.

システムの非負性や消散性を保存する低次元化

現実の世界には,物質の濃度や生物の個体数など,非負値の変数を内部状態にもつシステムが数多く存在します. このような特性をもつシステムは,線形システム論においてポジティブシステムと呼ばれ,その状態(および出力)の非負性は, システム行列の非負性として特徴づけられることが知られています.したがって,システムの非負性を保存する低次元化問題は, システム行列の非負性を保証しながらシステムの入出力写像を近似する問題として定式化されます.本研究室では,このシステムの非負性の他にも, エネルギーの散逸を表す概念であるシステムの消散性に対して,その消散性を保存する低次元化問題を定式化し,解を与えています.

制御器や観測器の低次元化

近年,ロバスト制御に代表される系統的な制御系設計手法が確立され,様々な観点からその有効性が示されています. しかしながら,これらの発展的な制御系設計手法によって得られる制御器や観測器は,対象とするシステムと同程度の次元となるため, 大規模なシステムに対する制御系の実装は,必ずしも容易ではありません. このことから,制御系全体の性能を保証しながら制御器や観測器を近似すること(制御器や観測器の低次元化)は,非常に重要な課題であるといえます.

この制御器や観測器の低次元化問題は,図に示される信号の受け渡しの構造を保存しながら制御器や観測器を近似する問題として定式化されるため, システムの構造を保存する低次元化問題のひとつとして解釈することができます.このような特別な構造をもつシステムの近似問題は, 一般に難しい問題であることが知られていますが,本研究室では,上述したシステムの消散性を保存する低次元化手法を適切に用いることによって, この制御器や観測器の低次元化問題にひとつの解を与えています

参考文献