制御工学的アプローチに基づくシステムバイオロジの研究

研究概要

生物学の一分野に,数理工学的な考え方や解析・設計方法を利用して生物を理解しようという,システムバイオロジの研究分野があります. 人間は毎日様々な種類で異なる量の食事を取りますし,毎日天気も気温も変化しています.私達は日々当たり前のように暮らしていますが,なぜこのような不確かな環境のもとでも生きていくことができるのでしょうか? たとえば,環境変化にもかかわらず,なぜ24時間の周期できっちりと体内時計が働いているのか?それはどのようなメカニズムなのか?などを解明することは一つの重要な研究課題です. 近年,このシステムバイオロジの研究分野において,システム制御理論の観点から生物のなぜを解き明かそうという試みがなされています.

システムバイオロジにも,動物の動作解析というマクロなレベルの研究から,生体内の細胞や遺伝子などミクロレベルの研究まで様々なスケールでの研究課題がありますが,本研究室では,特に,細胞増殖や遺伝子発現で生じる複雑な現象をネットワーク系として数理モデル化し,それをもとに現象の安定性解析,ロバスト性解析,可制御性解析など,そして近年では,積分フィードバックなどのネットワーク制御などの研究に取り組んでいます.以下に,2つの研究例を示します.

複雑現象のロバスト性解析

遺伝子発現の様子を数理モデルで記述し,遺伝子ネットワーク全体が生み出す複雑な現象のロバスト性解析を行なっています. 特に,上で紹介した24時間の体内時計に関与するオシレーション現象や双安定状態を持つ遺伝子発現ネットワークモデルに興味を持っています. これらの多くのモデルにおいて in vitro(生体外)という理想的な条件下では,オシレーションなどの現象が起こり得ることは既に説明されています. しかし,in vivo(生体内)や細胞内という実際の環境下では,不確かさと呼ばれる数式でモデル化できない要素が必ず存在しています. このような不確かな環境下でも,オシレーション現象などが生じるかどうか,生じるならばそのメカニズムを説明することが研究の目標です. このためのアプローチとして,制御分野が得意とするロバスト制御理論で培われた考え方や解析法を用いて,複雑現象のロバスト性解析を行います.

また,実在する遺伝子発現ネットワーク系を解析するだけでなく,所望の機能を持つ生体素子を作ろうという研究分野,Synthetic Biology(合成生物学)の分野への貢献も考えています. ロバストに機能を発現する遺伝子ネットワークはどのように設計すればよいか,という設計問題に対する解法も制御工学の観点から提案しようとしています.多くの設計したいネットワークの設計問題はプラントにフィードバックの形でコントローラを接続する形になっています.私達はフィードバック制御系の設計法は得意としていますので,その視点から新しい設計概念などを追及していきます。その一つの研究成果として,最近,遺伝子ネットワークを制御するための新しいレギュレーション制御理論の構築に成功しています。

可制御性解析

近年,システムバイオロジの研究分野において,制御工学の観点から遺伝子発現ネットワークの安定性解析,可到達性解析,ロバスト安定性解析などが研究されています. この流れの中で,本研究室では,海洋性発光細菌Vibrio Fischeriの発光を抑止する制御問題に対して可制御性解析(どのような状態であれば,制御入力によって発光を抑止することかできるか否かを判定する解析)の研究を行っています. Vibrio Fischeriは,Quorum Sensingと呼ばれるメカニズムによって発光しますが,いくつかの病原性の発現においてもこのメカニズムが関与しています. この種の発光現象の抑止法を発見するシステム論的アプローチを提供することによって,新たな治療法の開発に寄与することを目指しています.

参考文献